「路上料理人」と呼ばれる男

東京有数の歓楽街「新宿」。その周縁に位置する公園に暮らしていたある一人のホームレス、サトーさんは仲間から「路上料理人」と呼ばれていたそうだ。サトーさんの朝は、午前5時から公園に備え付けられている水道で5合の米を研ぐことから始まるという。前掛けをして慣れた手つきで炊事をこなすその立ち姿からは、彼が路上生活者であることは全く想像できない。60歳を過ぎているであろうその姿は、短く整えられた毛髪、健康的で血色のいい面立ち、足元こそ使い古された運動靴ではあるが、路上生活者特有のすえた臭いをみじんも感じさせないというのだ。
サトーさんは境遇を同じくするホームレスのために1日2回、食事を提供しているそうだ。その腕は街場の料理人にも劣らないと評判だという。サトーさんは日課として「お品書き」を書いているそうだ。ある日のメニューは、朝食「ごはん」「あさりの味噌汁」「おでん」「納豆」「浅草のり」、夕食「ごはん」「刺身・タイ、中トロ、ブリ」「タラバガニの味噌汁」「ホウレンソウの胡麻和え」となっていたそうだ。「すき焼き」や「鍋焼きうどん」、「コロッケ」や「ビーフシチュー」何て日もあるそうだ。食事は朝と夕の1日2食で300円。働きに出ていることを条件に周囲で暮らし、境遇を同じくするおよそ10人の食事の面倒を見ているという。
食材は飲食店から調達するそうだ。「俺らはよう、金はないから食材はもらってくるんだ。肉は焼肉屋。魚は居酒屋。酒は某居酒屋のチェーン店。もう長い付き合いだから、まだ食べられる材料を取っておいてくれる。東京の街は冷たいとか言う人もいるけど、捨てたもんじゃないよ」とサトーさんは語る。もらってくる食材も、魚ならタイやマグロなどの「高級魚」だというから驚きだ。近頃は景気が悪いため、年末を除いては高級魚が売れ残ってしまうそうだ。
しかし、スーパーマーケットで購入するものもあるという。調味料やカセットコンロのガス、それと冷蔵庫代わりの「かち割り氷」だそうだ。
生活必需品の情報は空き缶拾いに出る仲間が教えてくれるそうだ。調理に必要な鍋やフライパンなどの道具は路上でいくらでも手に入るという。まだ使えるにもかかわらず多くの人がゴミとして廃棄しているのだ。
サトーさんは大手運送会社に勤めていたそうだが、バブル崩壊で社内の大リストラのターゲットとなり職を失ったという。それがきっかけで家族と離別し路上へ。母親が料理上手だったので幼い頃から一緒に台所で手伝っていたそうだ。路上に出て15年、もう昔を知る縁はないという。
現在、サトーさんは新宿の公園には暮らしていないそうだ。それどころかその公園に50人ほどいたホームレスの集団も姿を消しているという。実は2014年の夏にデング熱騒動の際に強制退去させられたそうだ。では、彼らは今どこにいるのだろうか?
公園管理事務所によると、公園で暮らしていたホームレスの多くは生活保護を申請し、都内のいくつかの簡易宿泊所で暮らしているそうだ。サトーさんが生活保護を受けているかはわからないが、今もどこかで誰かに食事をふるまっているのではないだろうか。